MENU

人生に悩んだ時に聞きたいドイツ語のラップ|Manfred Mustermann by Blumentopf

最近出会ったドイツ人の友達からドイツ語のオススメのラップを教えてもらいました。フィンランド留学時代のドイツ語話者の友人たちや私のパートナーは口を揃えて、「ドイツ語の歌は聞かない、英語の歌と比べてなんか耳に心地よくない気がする。」みたいな感じでドイツ語の歌に対して辛口というか、ドイツ語の歌が彼らの中では不評のようで、これまでドイツ語の曲を聴く機会があまりありませんでした。ということで今回お勧めしてもらった曲が実は私にとって初めて聴くドイツ語の曲となりました。それが思いがけず非常に良かったので、その曲を聞いて人生について考えたことを語っていこうと思います。(本当によかった。記事読まなくていいから曲だけでも聴いてほしい笑。)

何についてのラップ?

どこにでもいるような普通の男性のありふれた人生を、生まれた瞬間から彼が年をとって息を引き取るまでのスパンで具体的にかつ緻密に綴った歌です。お察しの通り、悲愁感が全体を通して感じられるもの悲しい曲です。

何がこの曲のすごいって、文字通り自分に生命が宿った瞬間から、彼に起きた出来事、彼の決断や内なる揺らぎ・迷いをすごいリアリティで描いているところです。

元気な赤ちゃんですよってお母さんの胸に初めて抱かれて、色々触って食べてみて立って歩ける様になって、近所の女の子とままごとをして遊んで、学校に行って、両親に反抗して、ちょっと悪い友達とつるむようになって、アルコールとドラッグを覚えて、一人暮らしを始め、女の子と付き合っては別れて、お金のためにダイバーになる夢を諦め、ITの仕事を始め、一人の女の子を妊娠させ、結婚し子供が産まれ、郊外に家を買い、働き、元カノはダイバーになる夢を叶えていると知り、ふと気が付いたら自分の人生で何も夢を追いかけてないが夢を追うには遅すぎることに気づき、鬱になり、妻との関係も冷め、思春期の息子に嫌われ、家族を養うため働き続け、自分のプログラミングスキルは若い後輩に追いつかれ、結婚の外にロマンスを求めて浮つき、いつの間にか会社で一番の古株になり、退職して、頑張って趣味を探して、息子に子供ができておじいちゃんになり、自分まだまだいけると思ってたけど、段々禿げて目も悪くなってきて、入れ歯が必要になり、体のありこちにガタが来て、老人ホームに入り、息子は年に一度会いにきてくれ、段々と帰り際にみんなから「またね」じゃなくて「早く良くなってね」って言われるようになり、沢山やりたいことはあったけどちょっとしか時間がなかったと自分の人生を振り返り、妻と息子に見守られ、”I just want to sleep – I’m tired, damn it.”って思いながら息を引き取ります。

いや、何この具体性。ラップ自体も8分近くあり、こんなに一人の人生をこと細やかに描写している歌に私は初めて出会いました。

なぜこの曲に惹かれているのか

この曲を聴き終えて一番に、私が知らないだけですれ違うあの人もこの人も全員がそれぞれの人生の物語を持っているというシンプルな事実を思い出して軽く衝撃を受けました。私が一生出会うことのない人たちも、一度出会ったことのある人たちも、私が一生知り得ない物語をそれぞれが生きていて、そのそれぞれの物語がユニークで愛おしいもののように感じました。例えば、道ですれ違った他人が経験していることなんて、側から見たら何も想像すらできないけれど、もの凄く壮絶な体験をしてきたかもしれないし、今まさに苦しんでいるかもしれない。身近な人が生きている現実という物語を、もっと詳しく知ってみたいと思わされました。

次に思ったのは、いやこの歌の中の主人公、普通の平凡な人生と紹介されたけど、現代社会で「普通の」人生を送るのって相当にハードルが高いことを考えると、なかなかこんな「普通」はできないよなぁとやや感嘆しました。(この曲が2000年代にリリースされたこともあると思いますが。)私自身、思春期や大学1、2年生の頃「普通の人生なんて送りたくない。つまらなさそう」と思っていた時期もありましたが、20代後半になり、いや人生って生きているだけで色々起こるし色々しんどいことも多いし、その「普通」の人生を送れるってどんな偉業だよって思うようになりました。

しかし、この曲を紹介してくれた友人は、「この曲はリスクを取ることの大事さをリマインドしてくれるからお気に入りなんだ」と言っていました。私はこの曲を聞いてリスクを取ることの大事さなんて感じもしなかったぞと若干驚きました。まぁ彼がドイツ人でドイツ語の歌詞も全て汲み取れているのに対して、私は英語翻訳を通しての理解なのでおそらくニュアンスなどがこぼれ落ちていることを差し引いても、その感想は抱けなかっただろうなと思います。

では、どのあたりから、彼はリスクを取ることの大事さを感じ、こんなリスクを取らない人生は送りたくないという想いを持っていたのでしょうか。この曲では大っぴらに主人公の後悔については描かれていませんが、恐らく20代後半を過ぎたあたりから、「彼が選択しなかったこと」・「彼ができなかった/やらなかったこと」への無念さが垣間見えます。例えば、主人公が俺はまだ若いしまだ将来もあるしと思って遊んでいるうちに、いつの間にか周りに同世代で遊んでいる人が少なくなっていることに焦る記述があります。

Ich sag, “Ich bin nicht wie die andern”, und merk selbst, wie seltsam es klingt.
Hey kann es sein, dass ich im Club wirklich der Älteste bin?
Freunde überholen mich im Porsche auf der Autobahn,
meine Zukunft hat schon längst begonnen, verdammt, ich brauch ‘n Plan!

I say, “I am not like the others” and realize for myself how strange it sounds.
Hey, may I be the oldest in the club?
Friends overtake me in the Porsche on the highway,
my future has already started, damn it, I need a plan!

Manfred Mustermann by Blumentopf (英語訳:https://flowlez.com/en/)

「自分は他の人とは違う(自分は他の人と違って特別でユニークだ)」と口に出して言った後に、その言葉がすごく奇妙に聞こえることに気が付きます。理想と現実の自分とのギャップ的に気づき、「将来」はまだ始まってないと思っていたのに、いつの間にかクラブで遊んでいる中の最年長であることに気づき、そろそろ自分の人生を始めなきゃと焦り始めます。

恐らく一番の後悔は、46歳くらいの時に元カノからハガキが届き、自分が諦めた”ランサローテ島でダイバーになる”という夢を彼女がまさに叶えていると知った瞬間でしょう(ランサローテ島は、スペインのリゾート地として知られるカナリア諸島の一つ)。何を始めるにももう遅すぎると自分の生活の現実に打ちのめされます。そして最後、老人ホームで息を引き取る寸前のところで、

Vor meinen Augen zieht nochmal mein ganzes Leben vorbei,
ich wollte so vieles machen und hatte so wenig Zeit

My whole life passes before my eyes once again,
I wanted to do so many things and had so little time

Manfred Mustermann by Blumentopf (英語訳:https://flowlez.com/en/)

「やりたいことは沢山あったけど時間がなかった」と振り返ります。

なるほど、最初に聴いた時には気づかなかったけど、繰り返し聴くほど主人公の無念さみたいなのが伝わってきます。私の友人が、こんな風に年を取るのではなくリスクを取ってやりたいことをしたいと反面教師的にこの歌を聴いているのも理解できる気がします。

まとめ(?)

このラップ、ライムの踏み方も絶妙に耳に心地よいし、バックで流れるリズムも主人公が年をとるごとに低くなっていて悲愁が感じられるし、特に最後のラインが終わった後に心電図の音が止まるのが最高の終わり方だなと思います。ラップを聴いて、こんなにその曲について語りたくなったのなんてこれが初めてなような気がします。というわけで、ぜひみなさんも聴いてみてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

フィンランドで修士号取得(MSc), スイス大学院の博士課程在籍中。専攻は神経科学。興味は人間の脳とこころ, フェミニズム, アート, 言語学習。

目次